R367 Miyako Rock Show Blog

ひでをの音楽夜噺 Vol.42 「和太鼓の伝統、その本質について」


ここ数日間、音楽ネタについてはレナード衛藤一色である。

そりゃあ、そうだ。REWDEXレーベル誕生(笑)以来の初の大仕事が、もう明後日に待ち構えているのである。仕方ない・・・。

で、そんな状況であるからして。

この夜噺シリーズでも、やっぱし取り上げないワケにはいかんでしょう・・・ってな話で、いまこのブログを開いて、正直、「またかよ・・・」って思ってる輩も多いかもな・・・ま、許せ(笑)

しかし、この様な場所でまで・・・

ボブ・ディランと共演した・・・

世界の○人の日本人のひとり・・・

ハリウッドに曲をパクられた・・・

エトセトラ、えとせとら・・・

もちろん今回の彼の京都公演は、オレにとっては仕事なのだ。

だから、儲からなければ意味がない。

ならば、お客様にアピール出来るセールスポイントって奴を全面に押し出すのは基本っしょ(笑)?

しかし。

実は、そんなことはレナードの音楽の本質にとってはど~でもいぃことであって、もちろんこの夜噺で、そんな下らない武勇伝を話すつもりなど毛頭ない。

ましてや、彼が昔のダチって理由で、その出世を祝おうという村人的性格・・・ま、ちょっとはあるが(笑)、しかし、それとコレとは別である。

たまたまオレは彼を個人的に知っている。だから、その分だけは語れるネタがちょっとはある・・・というだけのことであり、つまり、レナード衛藤という人物およびその人物が創る音楽は、そんなこととは関係なく魅力的であり、なので、今夜ここで語るワケである。マジ。

で、彼の音楽とは何か?

結局はありきたりの言い方になってしまうのだが・・・

「和太鼓を中心とした、極めて伝統的な音楽」

である。正確には、

「和太鼓を中心とした、極めて伝統的なライブである」ってこと

彼の創造する音楽・・・換言すれば、オレはひとつの「祝祭」ではないかと思っている。

分かりやすい(?)例を上げよう。

彼は、元・鼓童である。

ご周知の輩も多いと思うが、鼓童と言えば、押しも押されぬ日本を代表する和太鼓グループである。

海外でも絶大な支持を誇る。

オレは昔、鼓童の前身であり、つまりレナードが参加する以前の「おんでこ座」の舞台を2回観ている。

それはそれなりに、ひとつの完成されたショーとして、とても素晴らしかった。感動した。

オレはその「おんでこ座」のショーを通して、生まれて初めて和太鼓ならではの「音」の魅力を知った。

これは、もう何度も言っているが、あの音は、いかなる音響再生システムを駆使しても絶対に実感することは無理だ。ましてや、youtubeやダウンロードミュージックに毒された連中に理解出来る音ではない。

ま、しかしね・・・結構以前からそうなのだが、レナードの「生」の演奏を聴いたことのない音楽マニアやミュージシャン、マスコミの音楽担当者たちにに限って、

「あれは和太鼓じゃない・・・」

って言うんだよね・・・だからオレはずっと「レナードの本質は生で観ないと分からない」って余計に言い続けてるんだが・・・。

ここで、ちょっと話は脱線するが、オレの地元における今回のレナードの公演場所を、京都コンサートホールっていう、ある意味、ひじょうに面倒くさい公務員施設(笑)に設定したのは、とにかく「生音」が最高に美しく、且つド派手に響くからである。

そんな意味では、その京都コンサートホールという会場そのものが、今回の京都公演のメンバーの一員であるとも言えるかもしれない・・・ちょっと・・・分かりにくいか??

話を戻そう。

おんでこ座の舞台は、その後ももう一度観た。それだけ、魅力的だった。

その後に、昔のバンド仲間のロックドラマーであった衛藤クンが、東京からいきなり佐渡島に飛んで、おんでこ座の一員に加わったって話を聞いた。

そりゃあ、驚いた!

何故って、それまで一緒にバンド演ってて、ロックってのはど~あるべき(笑)とか、ボンゾだのボジオだのポーカロだのって、オレ以上のテンションでいつも熱苦しく語りまくってた輩が、いきなり佐渡島で褌しめて和太鼓だぜぃ!

そして、彼が旅立って何年後だろうか・・・集団の名前は「鼓童」に変わり、そして彼が出演する鼓童のライブも2回観た。

一度目は、彼の出番は少なく、基本的には以前観たおんでこ座とそんなに大きな違いはなかった。

そして、びっくりしたのは、それから恐らく3~4年後だろうか・・・2度目の鼓童の舞台である。

正直な印象は、鼓童というよりも、「レナード衛藤&鼓童」あるいは「鼓童 featuring レナード」って感じの舞台であった。

で、以前と何が違ったのか?

説明しよう。

以前は、あのデッカイ和太鼓と野球のバットみたいな太鼓のバチでもって、ある意味、神秘的とも言えるほどの独特の「音圧」・・・そして、世界が喜ぶFUNDOSHI &HACHIMAKIっていうコスプレ衣装によって演じられる「これが有難き大和魂であるぞ!平伏して聴け、平民ども!」みたいな筋肉ショーであり、つまり舞台と客席がそれぞれ完全に対峙したカタチで行われるイベントであった。

それに対して、オレが最後に観た鼓童のステージは、まったくもって反対で、老いも若きも男も女も、お祭り騒ぎのノリノリ大会!つまり、ステージと客席が一体化となる様な公演内容だったのだ。

その後、ほどなくレナードは鼓童を離れて独立した。

ここで一度まとめてみよう。

レナードが加わる前の「おんでこ座」という、言わば日本で初めて世界に認められた和太鼓音楽グループ・・・一方、彼が加わり、ある意味、大きく方向転換した「鼓童」・・・。

前者は、とにかく、ひたすた「和太鼓を中心に据えたショー」であった。

ちなみに、ご存知ない方も多いかもしれないので、ここでお話しておこう。

先ほど、ちょと皮肉っぽく言った褌と鉢巻というスタイル・・・これを考案したのは実はピエール・カルダンっていう有名なフランス人デザイナーである。そして、客席に背中を向けて太鼓を叩くというスタイルは、なんと往年のフランスの大俳優ジャン・ギャバンの哀愁漂う男の背中にヒントを得て設定されたのが始まりなのだ。

もちろんPカルダン氏が当時のおんでこ座を知って、彼らのヨーロッパ公演か何かの時にアドバイスを行なったことがきっかけらしい。

これ、多分間違いないと思う。もしも何か歴史的考証の上でご指摘があればお申し出いただきたい。

さて。

レナードの公演を、言わば、ひとつのショーとして見下した様に語る一部の層がいるが、元々、和太鼓という楽器が日本古来何のために使われていたのかと言うと、これは神社などで行われる祝祭の時に、神様にお越しいただき、神様と人々とが一体となって踊るための大切な道具であったのだ・・・と・・・思う。

だから、彼のライブには、踊り=今回はタップダンサー、が欠かせないのだ。

そして、彼のトレードマークでもあるあの「かつぎ太鼓」。文字通り、太鼓をかついで、踊るように叩く。

いずれにしても、オレが最後に観た鼓童のステージは、舞台と客席とが一体となる様な、まさに「祝祭」という表現がぴったりの公演であった。

感性の鋭い輩は、もうここまで語れば、最後にオレが何を言いたいのか・・・きっと、分かってるよね(笑)

つまり、和太鼓の世界って、何かにつけて「日本の伝統」って言葉が引き合いに出される。

で、レナードがここまで有名になれたのも、そんな伝統的な楽器とたまたま出会ったことによる側面ももちろんあるだろう。

しかし、音楽の本質は、有名無名で語るものではない。

オレが今回のレナードの京都公演が行われる前に、この夜噺で言いたかったのは、世間一般に勘違いされがちな「和太鼓の伝統」って奴である。

それは単なる幻想でしかない。

連中が偉そうに言う、「あれは和太鼓ではない」という文句。

その中には、「伝統ではない」という意味が多分に含まれているとオレは思う。

しかし、和太鼓の本当の伝統という何かがあるとすれば。

それを最も本質的に受け継いでいる演奏家こそが、実は、

「レナード衛藤」というアーティストなのである。

(ひでを・記)

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“ひでをの音楽夜噺 Vol.42 「和太鼓の伝統、その本質について」” への2件のフィードバック

  1. たね より:

    共感できる内容でした。
    鼓動でも小島千絵子さんなんかは「祭事」のハッピーな感覚を本能的にお持ちだと思います。

    ハレの舞台を多くの聴衆と共有できる場所。
    それを提供し、段取り、周知なさるひでをさんも、
    「演者」の1人なのでしょう。

    今後もご活躍をお祈り申し上げます。

    • Hideo より:

      ありがとうございます。
      この様な言葉をいただくと励みになります。

      たねさんの活躍も楽しみにしてます!

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